音楽的多様性

2020.02.09

多様性ということについてふと考えさせられる場面が多くて、なかなか見えている現実と考えていることが重なることは少ないかもしれない。

多様性についてはいろんなところで語られていて、その重要性や必要性も理解できるし、そうだとも思う。けれど、それをガッツリ実行するのってけっこう難しいんだろうなと思う。たとえば、表現の多様性ということはそんなに難しいことではないけど、働き方の多様性となるとかなり難しい。会社側の体制と働く側の実行力(覚悟)が両立されていないと実現しない。けど、この部分が変わっていかないと自由な発想や豊かな時間の使い方はなかなか生まれないんじゃないかと思う。ある程度は自分主導でやっていいよって言われても、普段から自分はどうしたいのかを考えていないと何もできないパターンが多いんじゃないかな。

 

「明日から会社の利益をちゃんと考えたうえである程度は自由にやっていいよ」って言われたらどうします?

僕だったら、まず出社時間を2時間遅くします。けれど、帰る時間は変えないので働く時間は自動的に減る計算。それと、全体ミーティングのような会議には基本的に出席せずに、結果だけを聞くか、ミーティングのやり方を変えてもらうかのどちらかを必ずお願いする。まずはそれで通常の業務がしっかりこなせるかどうかを試してみて、さらにしかるべき部分を変えていきたい。

たぶん一般的な会社こんなことを言ったらクビになるでしょうね。笑

出勤時間と異常に長いミーティングについては、僕が学校を卒業して会社勤めをしていた若かったときからずっと疑問でした。なんでなんだろう?て。出勤時間に関しては、取引先の会社とのやり取りとかがあったりするから程度は納得できるけれど、ただ、これといった結論が出ないのに長引く地獄のミーティングは本当に時間のムダだったな~。結論やアイデアが出ないのなら5分で終わった方がいいし、連絡事項はメールでもいいと思う。用は、時間を有意義に使わせてほしい(会社のために)。

 

いいアイデアや考え、あるいはそれを生むためのモチベーションは、いい感じの“隙間”がないと生まれにくいんじゃないかなと思う。

時間的な隙間、思考的な隙間。気持ち的な余裕と言ってもいいかもしれない。必ずしも縛られていない感じ。ある程度はルーティンなんだけど、ときにはそこから外れることもできる隙間。

 

いろんな意味での多様性があるんだろうけれど、大切なのはその多様性(自分の考え)を言える“空気”だと思う。

 

僕が経験した中で、ミーティングでよくパターンは、その中の一番力がある立場にいる人が言ったことと同じようなことを言ったり、真逆のことを言う人がいないこと。ある会社のミーティングでは、一時間くらい話しを聞いてから「どの話しも本質的じゃないと思う」と意見を言ったら「たしかにそうですね」と流されたときは驚きでした。笑 

何かを解決するために議論しているんじゃなくて、ミーティングをすること自体が目的になっているパターン。当然、そういう場所の空気では切り込んだことや奇抜なアイデアなんて言えるはずもないし、言っても、流されるか理解しようともされないかのどちらか。

だんだん愚痴っぽくなってきたけど、空気って大事です。とても。

 

話しはちょっと変わるけど、音楽は自由な表現がどこまでも可能で、それを聞く側も聞きたい音楽を自由に選ぶことができる。当たり前のことを言っているようだけど、その自由さは自分の仕事にも当てはまるんじゃないかっていつも思う。世の中の当たり前とされていることの大半は本当にそうなの?誰が決めたの?自分もそうする必要はあるの?

 

音楽にあるような多様性がもっと世の中に広がってきたら、もう少し楽しくて、もう少しラクに生きられる社会になるんじゃないかと思うんです。

 

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