東北へ

2019.03.26

去年の11月に福島県と宮城県に行ってきた。

 

ようやく行くことができた。というのも、震災時に南相馬のボランティアに参加して以来なかなか行くことができなくて、どれくらい復興しているのかがずっと気になっていたのです。

日程は2泊3日、あまり時間がなかったけどとにかく高速を走りつづけた。

 

せっかくの遠出、今回は時間の限りいろんなところを見てきたかったから、まずは仙台に向かった。

 

初仙台。

とりあえず仙台駅に車を停めて、駅周辺の繁華街をふらふら歩いて牛タン食べたりあんまん食べたり、せんだいメディアテークにも行ったり。下調べゼロのノープランだったけど、地元の人に話しかけて情報を教えてもらっていろんなお店や場所に行くことができた。

初日は移動と仙台市散策でもういい時間になってしまって、そのまま夕飯を食べにさらに北へ。お風呂は石巻市の道の駅の施設内にある温泉へ。実はここは、10年くらい前に車で東北一周したときに立ち寄った温泉!!まさか10年後にまた来ることになるとは自分でも驚きだった。気持ちいいお風呂に入りながら地元の方と震災時のことや復興について熱心に話しをしてもらえて嬉しかった。話しが途切れることがなくて、最後は僕がのぼせてまって申し訳なかった。湯船のお湯が熱くて・・・。

 

そして、翌日には南三陸まで行って、そこから海沿いに下っていくルートに。

出発から数十分、海沿いを走っていると数台の観光バスがひとつの場所に停まっているのが見えて、向かってみると、立派な慰霊碑の向こうには大川小学校が今も残っていた。

 

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テレビでは何度か観たことはあるけれど、実物を目の当たりにすると、感情を表現できるような言葉が何もみつからなかった。

ただ前に立って、現実を見て、静かにゆっくり校舎の周りを歩いた。

 

その後も、海沿いに南下しながら、昨日の銭湯で聞いた「巨大な防波堤」を見たり、除染作業によって出たのであろう黒い袋のゴミの山を見たり、復興作業が行われている工事現場を見たり、今でも自分の家に帰れない住民の方々が住んでる仮説住宅を見たり、できる限りいろいろと見てきた。

 

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延々とつづく巨大な防波堤。

写真で見るとそんなに大きいように見えないけど、実物はかなりデカイ!高い!すぐそこにある海がまったく見えない。

そして、ここよりも高い防波堤もあると聞いた・・・。

 

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こんな防波堤が何キロもつづいて、海沿いの町なのに、海が見えない。まるで大きな穴に閉じ込められているような気分だった。

僕に話しをしてくれた地元の人は「こんな防波堤ない方がいいし、いつかまた同じような津波がきたらきっと波は乗り越えてくるよ」て話してくれた。

防波堤が必要なのはわかるけど、その土地独自の風景はそこに暮らしている人間のアイデンティティにも深く関わることだと思うし、こういうやり方には僕も賛同できない。自然との共存、それはとても難しい課題だけど、きっとこんなカタチではないことだけはわかる。

 

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福島県に入って南相馬市に近づいてくると、おのずと福島第一原発にも近づいてきていて、道路を走りながらふと横を見ると何本もの道が封鎖されていることに気がついた。そう、放射線量が高くて非難を余儀なくされている帰還困難区域。地震や津波による被害は比較的少なかった場所で、家も道路も無事なのに、誰も入れない区域。

 

震災のあった年に飯舘村を訪れたときもそうだったように、僕にはとても異様な光景に見えた。

 

見えないし匂いもしないのが放射線の怖いところで、なんの問題もないように見える場所でもこうした区域が今もなお存在していて、誰ひとり立ち入るこはできない。非難解除まであと何年、何十年かかるんだろうか。

 

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南相馬からさらに走って浪江町にも行ってきた。

 

ほんの数日だったけど、行けそうなところにはできる限り向かった。

よく言われることではあるけれど、テレビやネットの情報だけじゃわからないことがあるし、なかなか実感を持って考えることができない。だからこそ、実際に見に行って、触れたり聞いたりすることって大事だと思う。

 

復興が進んでいる場所もあったし、まだまだ時間がかかりそうな場所もあった。

あの巨大な防波堤を建設するのに何十億とかかっていることは知っていたし、実物を見て、もっと違う方法を考えたり違うところにお金(税金)をかけた方が・・・。

仮説住宅も、テレビで観ながら可哀そうだな~と思っていたけど、実際に現地を見ると「早くなんとかしてあげないと」て強く思う。単純に自分がその状況に置かれたら、早くここから出たいと思うことは容易に想像できる。

 

オリンピック・パラリンピックも万博も税金を大量に投入して大いにやればいいと思うけれど、東北や熊本、去年の中国地方の豪雨災害、被災した人や地域にもっと目を向けて継続的な支援をしてあげてほしいし、それを必要としている人がいる。災害で一切合財無くなってしまった人、狭い仮説住宅に住まざるをえない人、大きなイベントや経済も大事だけど、今はまだもっと大事なことがあるんじゃないかと思えてならない。

 

とにかく、遠かったけど見に行ってきてよかった。

 

ちなみに、松島や会津若松などのメジャー観光地もしっかり味わってきた。被災地・観光名所・美術館・裏路地のショップ巡りと、今回も濃厚な出会いに恵まれて、地元情報を教えてくれた地元の人たちに感謝です。

 

 

 

 

話しはここで終わらない!

南相馬に到着したのは最終日のことで、福島で一泊した際にも福島市やその周辺もしっかりと散策してきていて、そのときにもステキな出会いがあって・・・。

 

 

 

つづく。

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